最高の自分の見つけ方
ダメな自分を出してもいい
本日は欠点についての捉え方に関する記事を書きます。さて、あなたには「ダメだ」と思う部分はありますか?
おそらく「ないです」とお答えになる方はあまりいないことでしょう。
最近ではSNSを使って情報配信している人、とても増えました。SNSをビジネスツールにしている人も多く、ときどき配信を拝見していて思うことがあります。
もっとダメな自分を出せばいいのに、と。ダメというのはわかりやすくするために書いているだけで、実はダメも何もありませんけどね。
苦しんでもがいている自分も出せばいいのに、怒っているならそれを表現すればいいのに、と思うこと、多々あります。
起業しているクライアントには、「感情を書くように、たとえそれが負の感情でも」とお伝えしています。
終わり方が学びや気付きで終わっているのなら、その負の感情は負ではないどころか、読み手にとっても、学びになるからです。
作られた自分を書いても、それらはどこかスカスカな感じがする、中身のない記事と同じものになりますが、そこに感情や喜怒哀楽がはいりますと、文字に魂が入り、生きた文章になります。
魅力的な人は感情を表現できる人
中には、負の感情を書くと、負の波動が読み手に伝わるから、ポジティブな内容しか書かない、という人もいますが、それも一理あります。
しかし、多くの人が引きつけられる人、または魅力を感じる人は、完璧な人ではなくて、自分の感情を表現できる人です。
完璧な人をロールモデルにしたいのなら、神様、仏様、お釈迦様、キリスト様、マリア様を手本にすればいいのです。
人間の魅力は、つらさや苦しさ、マイナスな部分に直面した時に、どう対処しているか?どう向き合っているか?どう乗りこえているか?
それらを見せてもらった時に、人を感動させ、自分とその人は変わらぬ人間なんだ、と知り、共感性が芽生えるものです。
そして、怒りの背後にあるものは、その人の大切にしている信念です。
ということは、怒りなどは本当に重要な感情になり、そこからの学びは自分も見る側にとっても大きいものです。
参考に、私もいち発信者として、きれいごとだけ並べるのは好きではありません。いま落ち込んでいる、いま辛い最中、いましんどい・・・いま絶好調!
などのように、感情を正直に表現することもあります。なぜなら、人間には絶対に、上がったり下がったりなことがあるものですから。
これは、情報配信している人に限らず、友人やつながりのある人に、自分のダメなところを話すと、共感性が増します。
良いも悪いも陰陽一体
完璧な自分ばかりを見せるのは、励みにはなることもあれば、相手を疲れさせることもあります。
「この人には黒い部分も悪い所も何もないんだ、自分とは違うんだな、完璧な人ね。私にはできない・・・」と思わせてしまうことも。
ファン作りをしたい人なら、完璧なところだけ見せてもファンは増えません。
人間も地球も自然も、陰と陽があります。陽がよくて陰が悪いわけではなく、どちらも2つで1つです。
いい自分ばかりを表現していると、逆に偏った感と、人としての違和感が漂ったりもします。
とはいえ、今日の記事は自分のSNSで暴言を書こうとか、ネガティブ満載にしよう、感情を爆発させよう!とか言う話ではありません。
時には、ありのままのあなたを表現すると、あなたのパーソナリティが現れて魅力が増しますよ、ということです。
親だって完璧ではありません、先生だって失敗しないことはありません。リーダーだからといって偉いわけでもなく、メンターだからといって落ち度がないわけではありません。
そして、コーチだからといって立派なわけではないのです。
ダメなところの反対は?
最後に、ダメな自分からみつかる良いこともたくさんあります。ダメを否定するのではなくて、まずは受け入れてみてください。
あなたがダメだと思っている部分がダメでないことを知る簡単な方法があります。それは、そのダメなところの反対は?と肯定文に直してみることです。
たとえば、決めたことを先送りしている自分はダメ、というのがあったとします。それを肯定文に直すと、先送りぜずすぐに行動できる人になる、です。
あなたが考えているのは、「先送りしている自分がダメ」ではなくて、「行動できる人になりたい!」という向上心です。
ネガティブの裏側はポジティブに支えられています。それが分かれば、あなたがダメだと思っている部分は、ダメではないことが分かります。
自分をダメだと思うときほど、そこは人間らしい感情を持っていてそこと向き合い、問題解決能力を高めるいいチャンスなのです。
最高の自分を見つけるヒント
いかがでしたでしょうか。自己否定してしまうのは、波動が下がり、落ち込むこともあります。
しかし、自己否定してしまうことの肯定的な意図は、「もっと良くなりたい、ああなりたい、こうなりたい」という願いの表れです。
ダメな部分は、その反対側にある、最高の部分に向かっていくためのもの。
つまり、ダメな自分は決してダメではなく、最高の自分を見つけるヒントなのです。