私たちは何も知らない、ということを知らない
その「知っている」は自分の解釈と意味付け
今日のタイトルはややこしいですが(笑) 簡単に言うと、あなたも私もみんな、何でもわかっていると思っていますが、実は反対で、何も知らない、ということです。
たとえ、同じような、似たような経験があったとしても、その人自身でなければ、知らないのです。
相手が何か辛い思いをしていた時に、慰めたり、助言をしようとして「あなたの気持ちがわかる。私も経験があったから」という表現をされる方が多いですが、他人はあなた自身ではありません。
なので、似たような経験があるから少しは理解できる、というくらいのもの。さらに言えば、経験していないことはもっともっと知らない、もう未知の世界です。
同じような経験をしていても、人の性格やら育った環境やら脳内フィルターやらが違えば、同じ事象を経験しても、全く違った経験と同じことになります。だから、知ったようなことを相手には言えません。
人間は世の中を見たいように見て、感じたいように感じて、聞きたくない情報は入らないようになってて、無意識レベルで削除して、都合のいいように自分の世界を作って観察しています
世の中は、自分の解釈と意味付けだけであって、実は真実は何もなくて、真実はいつの時代にあっても、自分が作っているもの。
単純に言えば、自分が白と言ったら白黒と言ったら黒。ただそれだけ。今の世界の感じ方は、全部自分が作っているのです。
経験なきことは知らないこと
SNSが普及した今、時々、こんなことをSNSで読むことがあります。
「大学なんていっても無意味」大学に行っていない人の発言
「結婚なんてしないほうが幸せ」結婚していないシングルの人の発言
「独身でいるなんて信じられない」という独身ではない人の発言
「子供がいない人生なんて寂しい」子供がいない人生を経験していない人の発言
「コーチングなんていらない!」コーチングを受けたことがない人の発言
「海外なんて何が面白いの?」海外旅行したことがない人の発言
大学を出た人が言うならまだしも、大学に行ってもいない人では説得力はありません。
確かに大学入って、好きでもない何かを学ぶくらいなら大学に行かないで、そのお金で好きなことを学んだほうがいいかもしれませんが、学ぶことが無意味なんてことはないでしょう。
結婚に関しても同じで、結婚に失敗した人が「結婚なんてしないほうがいいよ」と誰かに言うのは自分が失敗したからであって、うまくいっている人にとっては、やっぱり結婚はいいものと感じることでしょう。
私の価値観を言えば、結婚ってやっぱりいいものだ、と思いますし、年取ったら、夫婦で縁側でお茶とか素敵ですし、結婚生活も楽しかったし、夫婦っていいものです。既婚中は「結婚してよかった」と何度も何度も思っていたので。
今は一人を楽しんではいますが、1人もこれまた楽しい!夫婦生活も楽しかったことを忘れるくらい。またチャンスがあれば結婚という制度に入るかもしれませんし、入らないかもしれない。どっちも楽しいから。
コーチングに関しても海外旅行も同じ。何事も経験してやっと意味がわかります。しかし、自分の経験と人の経験とでは感じ方も、見方も、捉え方も、意味づけもすべて違う、自分が経験なきことは知らないことなのです。
自分のフィルターで限界を決めない
経験が多ければ多いほど、「経験値」が上がります。「値」だから、今後の何かと比べたり計れるものなのです。経験がないよりは、あった方が何かの気づきになり、次なる経験に役立ちます。
だから、経験のないことに関して、自分のフィルターをかけ過ぎて、自分の限界を勝手に決めないことです。経験のないことに対しての自分の思い込みを捨てると、世界が広がります。
世界が広がると、自分のさらなる新しい経験ができる可能性が広がり、また違う世界を見ることができるのです。
新しい経験ができることは本当に素晴らしいことですし、私が思うに、人は変わるものですから、未知なる世界に足を踏み込んでみて欲しいと願っています。
私自身が知らない世界を知り、それがあまりにも素晴らしくて、そして謙虚にさせられ、そして、好奇心が満たされ充実したから。自分をがんじがらめにする思い込みはもったいないですよ。
学びたい、結婚したい、子供が欲しい、もしくはいらない、シングルでいい、新しい仕事をしてみたい、学んでみたい・・・なんでもいいのです。そしてそこにはあなたの未知なる世界があるかもしれません。
今年は新たに何をしますか?
いかがでしたでしょうか。
世の中に私たちが知らないことはまだまだたくさんあります。2024年は何をしましょうか?どんな新しいことにチャレンジしましょうか?
怖いけど、どこかでワクワクするならそれはGOサインです。未来手帳のやりたいことリストに書くだけ書いてみてください。