与える精神が人を富ます

与えたら減るのか?
3月も今日で終わり、早いものです。4月は新学期・新社会人・新生活と・・・新たなスタートを切る方も多いですね。すべての方へエールを込めつつ、今日の記事を書きたいと思います。
テーマは「与える精神」について。与える精神というと、何かを与えることですから、自分に持っているものを与えたら「減る」というイメージを持つ人がいるかもしれません。
文字通りには確かに減るのですが、与える、ということには私たちの理解が及ばないほど潜在意識下において、いろんな良い影響があります。
タイトルにありますように、与えることで豊かになれます。そして幸せになれます。
これが、今日の要点です。
ありがとうを言えば済むことでも、ちょっとしたお礼の品を渡したり、自分もちゃんと身銭を切って相手が与えてくれたことにお返しをする、またはその方にではなくても、恩送り、という形で誰かにまた与えることで、循環を作る。
この良い影響は、色々あります。
ケチになる理由
世の中には本当に「ありがとう」の言葉すら言わない人がいて、驚くこともしばしばあります。
ちょっと余談ですが、以前、ホテルでマッサージの施術を頼んだ時に、チップを渡しました。その時彼女は、お金を片手で「あ・・・あぁぁぁ・・・」と言って受け取りました。
あぁぁ・・・ってなんだろ?笑 30歳を過ぎている女性です。
さて、受けるのは好きだけど与えるのは好きじゃない場合、自分で出さない、与えないことで生じるよくないことがあります。
これも意識ではなく、潜在意識へのあることのインプットになります。
なぜ与えたくないのか?を最初に考えてみますが、冒頭に書いた「与えたら減る」という意識を奥底に持っていて、損をしたくないゆえの単にケチ、なんだと思いますが、ケチになる理由はなんだと思いますか?
元々ケチだ、というのもあるかもですが、どこか自分は人に与えるほど豊かではない、と心底信じ切っている可能性があります。
それが強い思い込みになる場合は、当然、与えるほど豊かではない、という思い込み通りの現実を招くことになります。
豊かな人は、基本大好きな人々、大切な人、お世話になっている人には与えたい、と思うものです。与えることで相手の喜ぶ顔が見たい、と。
そんなにお金がなくても元々与える精神がある人がいますが、これまでの人生で、そうした人を見てきて往々にして、彼らはお金に困っていませんでした。
つまり、他の人に与えることができる人というのは、自分にはそういう余裕があるのだ、というのを言葉や意識ではなく、無意識でそれを思わせる行為になります。
それがお金の循環をもたらします。循環は、回すことですから。

与えるは豊かになる第一歩
例えば、コンビニのお釣り数百円を寄付したとします。「いいことした~」と爽やかな気分になるかもしれません。
すると、お金を出した=爽やかな気持ちが定着します。
お金を送り出した時に、プラスの感情が起きることが通常おきますと、それが定着していきます。これが豊かさの第一歩。
また誰かにいつもお世話になっているからと言って、相手が気を使わないような小さなプレゼントをしたとします。
相手がそれを喜んでくれた、感謝してくれた、ということでこれまた気分がよくなるかもしれません。
これまた、送り出したことでのプラスの感情が湧き上がったことになります。
与える精神が定着しますと、今度は陰徳、つまり誰かに感謝されなくても「ありがとう」と言われなくてもやっぱりこのお金が、誰かのためになっている、と思ったら、気持ちも軽やかになっていきます。
私はお金がなかった時期、食事など奢ってもらった時に「すごいラッキー、嬉しい!やったー!」という気分になっていました。つまりお金がなかったので、いつも奢られる側・・・
それだけで喜んでいると、自分はお金がない人、というのを潜在意識の奥底で定着させているようなもの。これが良くない!本当に!
そんなに裕福ではなくても与える精神を実践したときに、お金の廻り方が変わり、どんどん心が豊かになることを経験しました。
誰かから何かをご好意でいただいたり奢ってもらった時に、その人へのお礼でもいいし、恩送りのつもりで誰か他の人に送るでもいいでしょう。
「与える=循環」を意味しますから誰かに与えること。
結局その後、文字通りの豊かさがやってくることになったのですが、それはやはりハウツーやスキルよりもマインドが先なのです。

お金も豊かさも循環である
いかがでしたでしょうか。
最後に、以前ブログに書いた「お金の手紙」のリンクを貼っておきます。今一度お読みくださいませ。お金の廻り方の傾向がよくわかると思います。
お金も豊かさも循環である、これに尽きるのです。