強いだけが「無敵」じゃない
勝気で比べて苦しむ人へ
勝気な人は、往々にして、他の人と比べて一喜一憂し、負けがわかると苦しい思いをします。
相手の活躍ぶりを見たときに、モヤモヤしたり、なんか妬みと認めなくないけど、イラッときてしまう。そういう人へ、「他人と比べないこと」というありきたりなアドバイスをする人もいますが、所詮無理なことです。
なぜなら、無意識で人は、相手と自分を比べています。自分の存在は他人があってからこそ認知できるのもの。ですから、「比べるな」と言われても、やっぱり比べるでしょうから、別の提案をしたいと思います。逆療法で・・・
それは、もうこの際、負けを認めてみましょう。
とはいえ、本当は勝ちも負けもないのですが、ここでは勝気な人にわかりやすく伝えたいので、次の章から、あえて「勝ち負け」という言葉を使って説明します。
戦っていないから敵なし!
勝気って言葉の通り、そういう人は勝ち負けで判断していて、勝ちたい気持ちがある、ということです。
実際に、ねたむ、モヤモヤする、などは比べて負けがあるからそのような感情が出るのであって、自分が優位に立ってる、もしくは比べてなどいなければ、そんなことも感じません。
勝気で苦しい人は、だからこそ負けてみるのです。(もう一度言いますが、本当は勝ち負けなんてないんですけどね)負けると楽になりますよ。
だって、皆さんはビル・ゲイツや孫さんに、勝っていないでしょ?そもそも闘っていないでしょ?だから、彼らを見てもモヤモヤとかの感情は湧きませんよね。それと同じ。
「本当は勝ち負けもなくて、あなたはただそれだけで価値があります」なんてスピリチュアル的に言われても、そうそう認められないのが勝気な人。
だからこそ、モヤモヤする相手や、つい比べてしまう相手、はたまた、妬んでしまってる相手に負けてみる。負けを認めてみる。もっと言えば、すべての人に負けてみる。
楽ですよ。本当に。いちいち勝ち負けで判断して苦しくないのです。最初から負けているので、敵なんていません。戦っていないので、敵無し、無敵なのです。
そして本当の強さとは、硬さではなく、柔らかさです。硬いとポキっと折れますが、柔らかさは、丸くなったり四角くなったりどんな状況でも対応できます。
「勝ちたい」の起動力は大きいけれど・・・
今日の記事は自尊心がなくて、自己肯定感がなく、承認欲求がありまくりの弱いメンタリティの人へ向けて書いているわけではありません。勝気ですぐに人と比べて苦しむ人向けです。
もちろん、「勝ちたい」という気持ちでパフォーマンスを上げる、という戦略を最初から持っているならいいですが。
それもまた大きな起動力となるので、大いに結構ですし、「何が何でも勝ってやる!」という野心・野望を持ってガツガツ行動する人も、私は結構好きです。
反対にそれを隠していい人ぶっている人の方が違和感があります。もうね「私は勝ち気なんです!」と認めて行動するのもすごくいい。そういうパフォーマンスの上げ方もありますからね。
ただし、それは初動のエネルギーは強いですが、継続させるのは本当につらいです。怒りや妬みのパワーは、スタートダッシュだけにとどめておきましょう。ずっとそれをやっていると、幸せではありませんから。
どんなことでも上には上がいる
最後に、実際世の中には、上には上がいて、その上には実はもっと上がいて、その上にはとんでもないような上がいます。(上下も縦横も本当はないんだけど)
そうなった時に、自分なんてちっぽけすぎて、こんなことでモヤモヤしてんのか?とか、ねたんで苦しいのか?とくだらなくなってきます。
つまり、どっこいどっこいのところばかりを見ているから苦しくて辛くて、妬ましいのです。もっともっと上を見てみましょう。
どっこいどっこいのところで、ちょっと上になったと思い、お山の大将になって満足するよりも、まだまだ上がいて、そこをいつも見ていると、謙虚にもなれるし、そして、もっともっと成長の可能性が広がっていきます。
私は全部負けていますよ。ある人には背の高さで負け、おっぱいの大きさでも負け、収入で負け、性格の悪さでは勝てても、性格の良さで負け(笑)頭の良さでも負け、顔で負け・・・負けっぱなし!
他人よりも自分の方が下であると思えた時に、どんな相手ですら、尊敬の眼差しで見れるわけです。そう思えたときに「完全無敵」になれます。
強いだけが無敵じゃありません。誰とも闘わない無敵だってあるのです。
ここまでを読んで、最後の最後の全部をひっくり返すようなことですが、その「勝気さ」もあなたの魅力の一つですよ。