不平不満との向き合い方

不平不満との向き合い方

人間だもの

一般的に、愚痴や不平不満を言う、というのは、あまり良いこととされていませんが、愚痴や不平不満がすべて悪いわけではないと思っています。

誰だって、愚痴の1つも言いたくなったり、自分というものをしっかり持っていれば、自分の信念や価値観を軽くあしらわれたり、踏みにじられたりしたら、不満の1つも出ることでしょう。

私達は神様ではなく、人間。完璧でなくてもいいのです。

愚痴や不平不満を言うことで悪影響があるのは、長い時間、負の感情を持って浸り続けたり、グチグチと言い続けてしまうこと、これは要注意です。

では、上記のような状況に陥らないためには、どうしたらいいのでしょうか?

「口ぐせ」になったら要注意!

実は、あまり言葉自体には力がありません。

言霊(ことだま)というのは、字のごとく言葉に霊、つまり魂や感情がこもった時に威力を発するもの。だから、吐き出した後に、あなた自身がスッキリしていたら、悪い言葉たちであっても消化され、浄化され、そして昇華されていきます

単純に悪い言葉を吐くことより、もっと危険なこと。それは、何にでも不平不満ばかり持ち、重箱の隅でもつつくように、人のあら探しばかりしていたり、揚げ足取るようなことばかりして、その内容をいつも誰かに言っている。

このように愚痴や不平不満を、誰彼かまわずいつも言っている状況を、作り出していることが危険なのです。

自分がいつも何を言っているか、意識したことがありますか?
ちょっとだけクチビルに、見張り番を立てて、自分の言動を見直すことは大切です。

次の章では、愚痴や不満を吐き出す前にできること、筆者自身も非常にラクになった方法をご紹介します。

いい加減=「良い」加減

筆者がオススメする方法、それはズバリ!いい加減になることです。

ここで言う、いい加減とは、「大雑把に、ないがしろに」という意味ではありません。

いい加減とは、柔軟性があることでもあり、他の人との違いを理解する、または寛大に許すことができる。つまり、お互いに「良い」加減であるということ。

例えば、あなたが打合せの予定のために、時間を開けていたとします。

お相手から「日にちを変更できますか?」と連絡があり、候補日程をメールしたのですが、メールに対する返事がありません。

今一度、延期にするのか、それともキャンセルするかの返事と、このメールを読んだかどうかの返事が欲しい旨をメールしましたが、その後も返事はありませんでした。

このようなことが起きた時、ドタキャンをされた側は、怒りの感情のまま、相手の事情も知らずに、「マナーがなっていない!」「信じられない!」など、言いたくなる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、ここで考えてみて欲しいのは、見えないあちら側で何が起きているのか?私たちにはわからないということです。

視点が自分側だけからの判断ですと、狭量な見方しかできませんし、一方的に相手を「ルーズな人だ!」と言ってしまうには早いかもしれません。

なぜなら、メールができないほど、大変な事が相手に起きたのかもしれない、携帯を落として返事ができなかったのかもしれない…

こんな時、つい言ってしまいそうな愚痴・不満を一旦おいて、良い加減になると、腹も立ちません

そして今回のケースでしたら、「やった!予定していた時間が空いた!何しようかな?」と自分の時間にすればいいのです。

空いた時間は、神様からの時間のプレゼントとして楽しむ!そう考えると、不満な出来事から一変、ハッピーな出来事になるわけです。

起きる出来事は、何事も必然です。

わざわざ相手を責めて、こっちまで苦しく思わなくてもいい、これもまた勉強なのです。

聞いてくれる人へ、ただただ感謝を

「それでも吐き出さないと気がすまない!」

そんな時は、心許せる人に胸の内を打ち明けてもいいでしょう。

大切なことは、人を選んで話すこと。口の堅い人、信頼のおける人、そして、自分の波動と合う人に話すことです。

そして打ち明けたら、最後は笑い話にしてしまう、または、聞いてくれたお相手に感謝で締めなければ、聞いている相手に、重くて黒い空気を吹き込んでしまうことになります。

話しておきながら、ため息で締めたものなら、相手に失礼であり、厳しい表現ですが、相手をゴミ箱代わりに使ったようなものなのです。

だからこそ、吐き出した時に、その負の感情は終わらせましょう
そして、終わらせることができたのは、自分ではなく相手のお陰です。感謝しましょう。

「ありがとう!あなたのおかげでスッキリしたー!聞いてもらったお礼に、夕食ご馳走するよ」と、感謝を形に表すのも素敵ですね。

心の余裕は、自分を守る

相手への愚痴・不平不満を言う前に、「いい加減=良い加減」と捉えて、他の人にも寛大であること。

これ、実は相手のためではなく、自分のためなのです。

「じゃあ、何でもかんでも許すことが必要なのか?」と言ったらそうではなく、判断は必要です。

ご自身の信念や価値観が犯されるようなことであれば、言わなければならない時もあります。ですが、争うにも足らない小さなことは、ゆったりと構えて余裕のある人でありたいと思いませんか?

良い加減、それはある意味、心の余裕なのです。

車のハンドルには多少の遊びがあります。それと同じように、心に余裕があると、生きるのが非常にラクになります。

愚痴や不平不満に意識を向けて、眉間にシワを寄せるより、しなやかにゆったり、心の余裕を持ってまいりましょう。

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