執着を手放す
執着を知った、著者人生のスタート
さて、最近アメブロでも記事に書きましたが、筆者自身、まだまだ失敗する事が多くあります。数年前の自分と違うのは、その失敗が「執着」によって起こったのか否か、わかるようになり、もっと言えば、「執着」という感情はほとんど起こらなくなりました。そんなことを振り返っていた時、著者人生のはじまりを思い出したので、記事にしておこうと思います。
ブログを継続して数年経ったころ、とある出版社から出版のお話をいただきました。当時、「新人著者の本を企画し、出版する」というリスクを背負ってくださる出版者さんがとてもありがたくて。しかし、小さな出版社さんでしたため、リスクを少しでも回避するために、条件として著者は1000冊購入。そして、「販売促進の活動をやってください」と、お願いされました。
当時、出版には全く執着していなかったのですが、読者様から「ブログが本になって欲しい!」と、とてもありがたいコメントを頂いていた時でしたので、オファーを受けた際は、ありがたくお受けしようと思っていました。しかし、何度も何度も出版社さんと打合せをするものの、なかなか話が具体的に進まない日々が続きます。
話が進まなかったことで、自分の内情が見えてきて、この時から少しずつ知らないうちに執着が芽生えていたのだと、後から気付きました。執着していると気付いた決定打は、話が進まないことに苛立ちを感じている自分がいたから。
気付いた時「あれ?私、出版に執着している?」と我に返り、同時に出版に関しての執着がスコーン!と抜けたのです。
執着を手放せば、入る
「出版社から出さなくても、電子書籍でもできる。紙にこだわることはない」と気付き、話の進まないその出版者さんへ、お断りをしました。すると、その直後、「『美人になる方法』というそのままのタイトルで、本を出しませんか?」と、別の出版社さんがお声をかけてくださったのです。
「原稿があります」と伝え、内容を確認いただいたら、「これならすぐに出せます!」と。この流れには、大変驚きました。さらに、そのあと2社の出版社さんから「その原稿を使わせて欲しい」と申し出がありました。
最初の出版社さんをお断りして、本当に良かったと思います。勝手な解釈をすれば、「神様はそこの出版社から出して欲しくなかったのだな」と。そんなこんなしているうちに、最初の出版に至ったというわけです。
2冊目を出版したころから、売れ行きも好調で、続々と出版のオファーをいただきましたが、最初の年に、すでに2年先の出版まで決まっていました。なぜ、こうなったのか?
それは執着がなかったからだと思います。
最初の出版企画と通じて、執着していないと思っていても、少しずつ蓄積され、「気が付いた時には執着していた!」ということを体感しました。それからは、モノゴトに対して、執着していないかどうかを探るようにしています。
「イライラ」は、内側からのサイン
「私、執着してるかも・・・」気付くためにはポイントがあります。これは筆者のみならず、多くの方にも当てはまる点です。それは
思うようにいかなくて、イライラが続いている。またはイライラしだしたら、執着がはじまっています。
はじめは執着していなくても、取り組んでいるうちに、練り直しになったり、企画が倒れたり、はたまた周りがうまくいっているなどの情報を耳にしたり。最初のワクワクした感覚が、いつの間にか、「なんとかしてでも!」という思いに変わる。それが執着です。そこで執着していることに気付かなければ、そのことをずっと追いかけます。
しかし、「ま、いっか」と、本気で思えた時、または「時期が来たらそうなるか」というように「なんとかしてでも!」という感情を手放した時、執着は外れ、新たに動き出します。この流れがわかると、すごく楽になります。
ココロの見張り番
執着は、自分でしているのかどうか、わからないもの。そして、高慢さも、思い上がりも、感謝の気持ちがなくなることも同じです。
自分のステージが変わると、景色が変わると言いますが、景色は変わっても、自分で自分は見えません。だからこそ、常に、自分の思いと心を、見張っている必要があるのです。