誰かを批判・非難したくなる心理の裏側
自分を守りたいという動機
今や誰でも発信ができるSNS。しかし、批判が原因でSNSをやめてしまった、という人は少なくないようです。
批判の原因の多くは、妬みではあるのですが、必ずしもすべてがそうだとは限りません。
人の言動には、必ず動機というものがあります。動機なくして何かをする、ということはありません。
誰かを批判したくなる理由は、中には、自身の価値観に基づいた啓蒙活動であったり、「正しさを主張したい」というただの自由な発言だったり、相手が間違っている!と声高に言うことで自分を認めてもらいたいという承認欲求だったり・・・
そして、もう一つは、自分を守りたいという気持ちが隠されています。
自分を守りたい、自分を肯定してあげている、自己の重要感を高めたい、という動機が隠されている場合もある、ということです。
批判の裏側にある欲求
成功している人を非難するのは、成功していない自分を肯定したいからです。成功している人が皆正しかったら、まるで自分がダメ人間みたいに思えるし。
努力して何かを勝ち得た人を小バカにするのは、努力をしない自分でもいい!と認めてあげたいから。
なぜなら、努力している人が有利、なような言い方をされては、努力したくない自分の居場所がなくなってしまうから。
美容に興味を持って、美しい人を見て、「顔はいいけど、スタイルは悪いよね」と言いたいのは、美人が勝ち、みたいな風潮になったら、そうではない自分が惨めに思えるから。
お金持ちを批判したり、お金を悪としたり、悪者にしたいのは、お金を持っていない自分を安心させたり、肯定したいから。
そして、これからもお金がない自分でもいい、と思い込ませたいから。そしてその思い込みは実現します。
批判否定非難は、妬みの場合もありますが、絶対そうだ、とは言い切れません。裏側には、自分を認めて肯定したいから。自分が正しいと認めてもらいたい、隠された動機もあるのです。
突き抜けた人の心理
少し余談ですが、成功者と言われる人も、お金持ちと言われる人も、美しい人も、努力して進んでいる人も、批判されても批判者に興味がありません。
凡人は、称賛を過度に求めそれを喜び、それを励みにがんばり、過度に批判を恐れます。
しかし、突き抜けている人は他者からの承認にも、称賛に批判にも興味がないという特徴があります。
なぜ興味がないかと言いますと、常に自分が得ようとしていることに意識を向けているから、それ以外は雑音でしかないからです。
アスリートが、いくら誰かから批判されても、いちいち立ち止まらないのは次の試合、次の目標があるからです。
いちいち反応して疲れるよりも、かかわらない方を選ぶのです。なぜなら、余裕があるから。
余裕がないと戦いたくなったり、スルーできないのです。戦うのは簡単ですが、一番難しいのはスルーです。
余裕がない、または自分のエネルギーの用い方を知らないと、自分が非難されたことで、全否定されたかのような感覚に陥り、自分を守るために攻撃をしたくなります。
特に若い時などは、なんとなくそんなことがあったような気がしませんか?
誰かを攻撃したくなった時、自分の正しさを主張することで、「自分は間違ってないよ!正しいんだよ!」と言って、それを多くの人に肯定してもらいたい、という承認欲求があったんだな、と理解すると、その気持ちも薄れるかもしれません。
それより自分に時間を使おうよ
人は成長すると、自分を褒めてくれたり、同意してくれたり肯定してくれることに興味がなくなっていきます。
いくら他の人が肯定したり、称賛してくれても、自分で納得していない限り、あまり意味がないからです。
それはまるで焼き物を作る職人が、傍から見たら美しく仕上がった作品を自分では納得していなければ、壊してしまうのと似ています。
自分が納得していなければ、他の人の称賛も承認も無意味なのです。
同様に、非難にも興味がありません。肯定されても否定されてもどちらでもいいので、あまりそこに意識を向けなくなります。真の意味で、強い人です。
批判されて落ち込んでいる人に伝えたいことは、人間ですから、腹も立つことがあるでしょうし、苛立つこともあるでしょう。
しかしそれでも、人生の一部である時間を大切に使いたいと思うために、建設的な時間の用い方をしたほうがいいです。
つまり、時間は生産性のあることに使おうよ、ということです。
人に言われたことで一喜一憂している暇があったら、自分自身の目標に向かって行動を続けたほうが良いのです。
批判されても、したくなっても
いかがでしたでしょうか。もし、あなたが批判されたときに、相手は自分を守りたいから、承認されたいからやっていることなんだ、と思えば、少しは気が楽になります。
反対にもし、あなたが人を批判したい時は、それもまた、自分の正しさを守りたいからなんだ、ということを思い出せば、自分の発言をコントロールできるかもしれません。
必ずやその先には、肯定的な意図があってのことなので、批判したくなっても自分を責める必要もなく、ただ冷静に、自分の内側と向き合うのもいいと思います。
どちらにしても、善も悪もありませんから、人を責めたり自分を卑下したりしなくても良いのですが、ネガティブの裏側を垣間見ると、ちょっぴり楽になるものですよ。