あなたの自由度を上げる3つのこと
本当の意味での自由のために
自由な時間に、自分にとって上質な時間、穏やかに流れる時間、至福の時間を過ごせるのは、本当に幸せなこと。そして、思考の自由や決定の自由、選択の自由…これらは私達大人が楽しむ自由の中でも非常に幸福度が高いものとなっています。
こういう自由があることは、決して当たり前ではありません。生きていて不自由さを感じたことがありますか?何かに縛られているような、決定する時でも他人の目が気になったり・・・
日本は特にみんなと同じ、ということが求めらているような気がして、出る杭は打たれるなどのことわざに在る通り、目立たない、みんなと同じがいい、など、それは自由でありたい、と願う反面、自由になるのを恐れる行為です。
本当の意味で自由になるには、次の点が大事です。
●他人をジャッジしないこと(善悪がないと知る、抽象度が高い意味でね)
●受け入れること
●愛と感謝を感じること
他人をジャッジする、というのは、自分の価値観があるからこそなのですが、価値観があるのは軸があることでもあります。
しかし、他人をジャッジしたくなるのは、その自分の正しさに固執するあまり、相手も同じであって欲しい、あるべき、と思い、イライラしてしまうからこそ、そうなってしまう、それは時間のムダというもの。
相手をジャッジしているようで、自分の自由な時間をそのどうでもいい相手に使っていることになるのだから。自分の価値感と合わない人は、スルーしたらいいのです。
関われば関わるほど、あなたのエネルギー値は低迷し、感情が乱れれば、周波数が低くなります。それは本当にもったいないことです。
あなたを不自由にしているもの
前述したように、実は、不自由さとは外的な要因ではなくて、全部自分で自分を不自由にする選択をしています。「こうでなければならない」という固執しまくっている価値観「それは間違っている」という個人的なジャッジです。
自分の身に起こる嫌なことへの過度の抵抗。そして、得られているものにフォーカスできず、いつも「欠乏」のほうに目が行く、感謝の念がない状態。これらが自分自身を不自由にしているのです。
以前、不自由さを感じていた私は、すべて上記の状態でして、息苦しいったらありゃしない。しかし、この三つによって、本当に自由に過ごすことができます。
この3つで自分自身が満たされてからは、目に見えるものに捉われず、1人で食事している人や、1人で映画見ている人、一人旅を謳歌している人を見ると『自由と自立を楽しんでいかっこいい!』と思います。
実のところ、自立しているからこそ、誰からどう見られようと気にせず、一人でどんどん行動できるのです。寂しそうと思われたって平気ですし、実際寂しくても寂しくなくても、結局一人で、自分の意志で行動できるのです。
誰かとつるまなくても、一人で行動できる人は、行動範囲も広く、自由度が高い。自由度が高ければ、自分の力も発揮しやすい。
このように、自分の満たし方がわかると、安定していきます。そして満たされるものって、人それぞれ違うことでしょう。だから皆同じじゃなくていいのです。
受け入れるとラクになる
「受け入れる」というのは、他人の価値観の違いでも、そして、自分の中のネガティブやブラックな部分、どうしようもないことはもう、受け入れてしまうと、とても楽になります。自由度があがるのです。
受け入れられないから、抵抗したり、無理に何とかしようとしたり、もがいたりして、ムダなエネルギーを消耗し、不自由に感じて行くのですから。
一旦受け入れて、あとは天に任せましょう。ということをしていると、なんともまあ、自分で何とかしなくてもいいので、楽チンで自由。そんな解放感を味わうことが出来ます。
そして「愛と感謝」。あなたの愛着のあるもの、好きな物で存分に幸せを感じてみてください。
好きなことに時間を使って下さい。そして、それらを楽しむことができる自由が自分にあることを喜びに感謝していますと、もっともっとその幸福感は増し、この自由を味わい知ることができるのです。
もう何にも縛られる必要はない
最後に、私にとって人生の中で非常に大切な部分、それは「自由であること」です。自由がない人生を送るくらいなら死んだほうがまだマシ!というくらい、私にとって、守るべきものは私の自由です。
私から自由を奪う人の存在をゆるしません。正義感はそこそこにしておかないと、他人の自由を奪う、僭越な行動までしてしまうので注意が必要です。
自分の中での正義や正しさを持つのは結構ですが、それを他の人に強要したり、他の人がそれをやったりやらなかったりすることで、叩くとかジャッジするようなことがないようにしたいもの。それは、自分が自由で居られなくなりますから。
もし、今あなたが自由を得ていないような気がするのなら、何が原因ですか?自分の問題ですか?それとも他人が関係していますか?
しかし、たとえ他人が関係していても、それはあなた自身の問題です。私達は大人ですから、もう何に縛られる必要がない自由を得ているのです。